大判例

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東京地方裁判所 事件番号不明 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔説明〕道路交通法第七二条第一項前段と後段との関係につき従来判例が分れており、観念的競合説の立場に立つ東京地裁判決のあることは既に紹介した(本誌一四二号七四二頁〔9〕事件)。本判決は併合罪説をとるものであり、その展開する理論には行政刑法の解釈に関し興味と示唆に富むものがある。本判決後最高裁大法廷は併合罪説を打ち出し(三八、四一七判決、本誌一四四号一七一頁)、この問題に終止符が打たれることとなつたが参考のため紹介する。

〔判決理由〕次に第三の道路交道法七二条一項前段の罪(以下措置義務違反と略称する)と第四の同項後段の罪(以下報告義務違反と略称する)とについて、同一運転者の同一事故につき、両罪がともに成立するか否か、もし成立するとした場合に両罪の関係はどうかについて検討するを要する。当裁判所は、両罪はともに成立し、両者は二罪として別個に処罰しうるものと解するので、以下にその理由を述べる。道路交通法七二条一項の前段と後段がともに同法の目的である「道路における危険を防止し、交通の安全と円滑をはかる」ために設けられた規定であることは明らかである。その点において、前段と後段は共通の目的に奉仕する。しかしながら、両者は質的に差異を有する。すなわち、前段は交通事故の現場におけるとりあえずの措置をなすべきことを規定したものであつて、医師でも看護婦でも重量運搬業者でもない通常の車両運転者にとつてできる限りの応急措置を命じているに過ぎない。従つてその措置自ら極めて軽易なものに限られるのである。これに反して後段は、交通事故の発生した場合に、警察法二条一項により交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることを責務とする警察に交通事故の状況を即座に知悉させ、広汎な視野からその有する統一体としての行動力をもつて交通事故の処理に当ることができることを可能ならしめるために設けられたものである。従つて、警察の行なう措置の中には、現場の警察官によるごとく簡易な措置を含むけれども、それには限られず、高次限からの交通の取締のための資料を得て、その施策の参考とすることにまでも至るものである。従つて措置義務と報告義務との関係は、船員法における一二条(罰則は一二三条)、一三条(罰則は一二四条)の処置義務と一九条一号(罰則は一二六条六号)の報告義務との関係、航空法における七四条、七五条、(罰則は一五二条)の措置義務と七六条一項(罰則は一五三条二号)の報告義務との関係、火薬類取締法における三九条一項の措置義務と同条二項の届出義務との関係、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律における三三条一項(罰則は五三条六号)の措置義務と同条二項、三項の通報または届出義務(罰則は五五条五号)との関係にも似たものということができる。このように道路交通法七二条一項の前段と後段とは、大きい目的では共通しながらも、具体的にその目的するところが異るから、前段の義務と後段の義務との両方に違反するときは、異つた法益を侵害することとなるのである。ところで、船長、航空機の機長、火薬類や放射性同位元素の取扱を業とする者と同じように車両等の運転者は、それが自転車のような軽車両を運転する場合であつても、道路交通法各条の定める義務を課せられているのであつて、これらの各義務はその内容において異りながらも、道路交通の安全と円滑という一つの行政目的の達成に奉仕するものなのである。このようにその性質上危険な行為(社会通念上許された危険ではあるけれども)をするものは、その行為をするに当つて個々の行政上の義務に一つ一つ忠実に従うことを必要とし、それによつて始めて行政目的を充分に達成することができるのである。行為者が一つの重大な義務違反をしたからといつて、これに附髄する他の義務を免れるいわれはない。刑法理論上、罪数論において、一つの重大な法規範違反の行為があつた場合にそれに付髄する他の法規範違反の行為については、既に先行の反規範行為の責任を問うことによつて、その責任は充分に評価し尽くされていると考え、あらためて附髄行為の責任を問わないということはある。しかしながら、この考え方を行政刑法に適用するに当つては、慎重であることを要する。一つの体系をなしている一連の行政上の義務につき、一個の義務違反があつたからといつて、その義務違反の責任のみを問い、後行の他の義務違反の責任を問わないために、結局するところ行政上の目的の達成を不可能ならしめてはならない。このようなわけで、当裁判所は道路交通法第二条一項の前段に違反したものにつき、同項後段の違反も成立するものと解するのである。もつともこの場合後段の報告事項の内容が修正されるのは当然である。当裁判所は、右のことを、立法趣旨の解釈から述べているのであつて、単に文理解釈として述べているのではない。文理解釈からいえば、道路交通法七二条一項後段の「この場合において」とある「この場合」とは、近年の政府提案立法における実例よりみて、同項前段全部を受けるものと解する。すなわち、「車両等の運転を停止して……必要な措置を講じなければならない」場合である。しかし、ここで注意しなければならないのは、「この場合」とは「必要な措置を講じなければならない場合」を指すのであつて、現実に運転者が、「必要な措置を構じた場合」だけに限るものではないことである。したがつて結局は、「この場合」を「車両等の交通による人の死傷又は物の損壊があつた場合」を指すものと解するのと同じ結果となる。なお、措置義務違反の罪と報告義務違反の罪は、一個の行為により犯されたものではない。この両罪は、いずれも真正不作為犯であるところ、義務を履行すべき時刻は、両罪とも相接着はしているものの、運転者は同時に二つの義務を果すことはできないのであつて、時間的にみて同一ではない。次に義務を履行すべき場所は、措置義務については負傷者、物などの所在場所であり、報告義務については警察官の所在場所であつて、同一ではない。この二つの罪につき俗に「ひき逃げ」と呼ばれる点から、逃げるという行為を重要視すれば、行為は一つであるかの如く見えるけれども、そもそも法の趣旨からいえば逃げるという要素は重要ではないのである。道路交通法には「車両等の運転を停止して」とあるけれども、これは通常の場合を予想して規定してあるに過ぎない。車両内にある同乗者だけが負傷して、他に人の死傷も物の損壊もないときには、運転を停止する必要はない。以上の理由で、両罪は別々の行為により犯されたものと認めるのが相当である。

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